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ウサギから教わった神様の愛

投稿日:2026-08-14 更新日:

「私、この子に決めた」

家内はニコニコしながら、ペットショップの画面に映ったウサギを指さしました。

「え、何のこと?」

呆気にとられた私が聞き返すと、家内は怪訝な顔をして言いました。

「覚えてないの?」

その言葉を聞いても、私はまだ何のことか思い出せませんでした。

2022年の暮れのことです。

私たち夫婦には子供がいません。

そんなこともあって、家内は何年も前に、

「もしこのまま子供が産まれなかったら、ウサギを飼いたい」と言っていました。

そして私は、「じゃあ、2023年になったらいいよ」と生返事をしたらしいのです。

遠い先のことだと思っていたようで、私は、その約束をすっかり忘れていました。

そんなきっかけで、年始から我が家に小さな女の子のウサギがやってきました。

意外なことに、私にとってもウサギはとても可愛いものでした。

小さな仕草の一つ一つが愛らしく感じたのです。

私たちは、毎日彼女の顔色を伺いながら環境を万全に整えて、何でもしてあげました。

すると、ますます可愛く元気に育ちました。

ところが、私たちがあまりにも甘やかし過ぎたせいなのか、我儘な子になってしまいました。

体に良さそうなものだけを選んだり、新しく広いスペースを用意してあげたりと、

どれだけ世話をしても、彼女には「してもらって当たり前」でした。

少しでも自分の思い通りにならないときは、気に入らない様子を見せます。

特に、家内に対しては、いつもブーブーと文句を言います。

当然、私たちがどれだけ気を揉んでいるか、知っているわけもありません。

それでも、彼女が目をキラキラさせながら無邪気に懐いてくるたびに、

私たちは、そんな苦労を一瞬で忘れるほどに可愛さを感じています。

あるとき私は、彼女のお世話をしながら「あれ?待てよ…」と立ち止まりました。

私たち人間は、ペットがこれほど我儘であっても、懐いてくるたびにその我儘を忘れます。

それならば、ましてや人間を創造された神様は、

どれほど大きな愛で私たちを慈しんでくださっているだろうかと思ったのです。

そのとき、御言葉で学んだ神様と人間の関係が、ふと重なりました。

だからこそ、私たちはもっと無邪気に神様の前に出て、祈り、訴えてよいのだと思いました。

神様が、そのような私たちの声を聞いてくださらないはずがない――

そう思ったのです。

私は、信仰を持ってから、聖書や御言葉の基準がどれほど清いものであるか痛感することが何度もありました。

そのたびに、引け目を感じてしまいました。

しかし、だからといって、決してそこで神様の前から遠ざかってはいけないと思いました。

むしろ、神様の愛を疑わず、無邪気に飛び込んでいくことこそ、神様が喜ばれることなのではないかと。

私は、神様に愛されるためには、もっと立派な人間にならなければならない――

そんな思いにとらわれていたのかもしれません。

けれど、それは結局、人間的な尺度で神様の愛を測り、神様の愛を小さく考えていたことになるのではないか――

そのように気がついたとき、恥ずかしさと神様の大きさに涙が出そうになりました。

私たちは、この子が少しでも快適に暮らせるように、食べるものを選び、住む場所を整え、

毎日の世話をしています。

けれど、ふと考えてみれば、神様は私たちが生きていくために、

もっとはるかに大きなことをしてくださっています。

太陽を上らせ、雨を降らせ、季節を巡らせ、今この瞬間も、寸分の狂いもなく天体を運行してくださっています。

それなのに私は、当たり前のように恵みを享受してきました。

まるで空気の存在を意識しないように、いつも神様の愛に包まれて生きているというのに。

そんな私の我儘は、ペットといい勝負でしょうか。

いや、よく考えてみれば、私の方がずっと我儘なのかもしれません。

この子には言葉を理解することはできません。

けれど私は、神様の御心を知ることができる。

それなのに、与えられている恵みを当たり前のように受け取り、感謝することさえ忘れていたのです。

今までも神様は、私の信仰を強くするために、思いもよらない出来事を通して気づきを与えてくださいました。

ときに、ご自身が創造された万物を通して、教えてくださることもあります。

だから今回も、家内を通してこのウサギを我が家に迎えるよう導いてくださったのは、神様だったのだと思います。

子供のいない私たちだからこそ、この子を通して、いくつもの大切なことを教えていただきました。

振り返ってみれば、すべては、何年も前に家内と交わした小さな約束から始まっていました。

そして、その約束が時を経て、あの日の「私、この子に決めた」

という一言につながったのです。

この子を飼うこと自体が、神様からの贈り物でした。

日々与えてくださっている、すべての恵みに感謝します。

RAPT有料記事742(2023年5月8日)神様が創った地球と人間は、その機能美も造形美もどこまでも完璧だ。神様がそのように極めて優れた学者・芸術家であるように、私たちも優れた学者・芸術家になって天の文化・芸術を成さなければならない。

RAPT有料記事1043(2026年8月10日)強い信仰をもって切実に祈り求めてこそ、あなたの祈りは強力に叶えられる。

私たち人間が犬を飼うのは、その犬と愛を成したいからです。

別にエサをあげたいとか、犬を散歩させたいとか、犬と一緒に遊びたいという目的で犬を飼うわけではなく、犬と愛を成したいからこそ犬を飼い、エサをあげたり、犬を散歩させてあけたり、一緒に遊んだりしてあげているわけです。

しかし、犬たちにはそんな人間の心情など理解できるはずもなく、どんなにエサを与えられても、一緒に散歩したり遊んだりしてもらっても、自分たちが主人からどれほど愛されているかすら理解してはいないでしょう。

これは神様と人間との関係も同じで、神様は常に私たち人間と愛を成したいと思って、天地万物を作り、私たち人類を様々な形で祝福してきてくださったわけですが、人間にはそんな神様の心情が理解できず、自分たちがどれだけ神様から愛されているか理解しようともしません。

RAPT | RAPT有料記事907(2025年2月22日)神様が伝道したいと思っているのに、私たちが伝道しなくて、どうして神様と心一つにして愛し合うことができるだろうか。

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