証言:RAPTさんの「有料記事」の紹介

不安から抜け出せなかった本当の理由

投稿日:2026-05-12 更新日:

私はこれまで、不安や苦しみをなくすためには、環境を変えるしかないと思って生きてきました。

「人間関係が良くなれば楽になれる」

「状況が変われば苦しくなくなる」

「自分の立場が守られれば安心できる」

ずっとそう思っていました。

だから私は、苦しみから抜け出そうとして、外側ばかりを変えようとしていました。

しかし、どれだけ状況を改善しようとしても、不安はなくなりませんでした。

むしろ、一つ解決しても、また別の不安が出てくる。

安心したと思っても、すぐに心が揺れる。

私は長い間、その繰り返しの中で生きていました。

そんな私の考えを根本から覆してくださったのが、RAPTブログの御言葉(啓示)でした。

そこには、今まで一度も聞いたことのない、神様の視点から見た真理が語られていました。

特に衝撃だったのは、

不安心配は、自らの心の罪から発生する

という御言葉でした。

私は最初、この意味を理解できませんでした。

不安は、嫌な出来事や苦しい環境によって生じるものだと思っていたからです。

そして、「罪」という言葉の響きに、どこか抵抗さえありました。

しかし御言葉を学び、自分自身を振り返る中で、私は少しずつ、自分の不安の本当の原因に気づかされていきました。

そして私は、

罪とは、おおよそ自分自身を最も愛している状態を意味する

ということを学びました。

RAPT有料記事532(2021年1月30日)罪は愛することを阻害する。だから罪を犯す者は、聖書で最も重要な掟である「主を愛し、隣人を愛しなさい」という掟を守ることができず、主から祝福されることもなく、主から使われることもない。

ある日、私にとって大きな事件が起きました。

私は強い不安に襲われ、何も手につかなくなりました。

「どうしてこんなに苦しいのだろう」

そのなかで、藁にもすがる思いで御言葉を思い出し、ようやく自分の心を見つめ直せました。

すると、自分では神様を信じているつもりでいながら、実際には、自分自身を一番大事にしていたことに気づかされたのです。

神様や隣人を愛するよりも先に、

自分の立場、評価、損得、感情――

私は無意識に、自分を守ることばかり考えていました。

「傷つきたくない」

「失いたくない」

「嫌われたくない」

そのような思いに、私は強く縛られていたのです。

しかし、人は神様のために生きていれば、人生を神様が導いてくださるはずです。

それなのに私は、全知全能の存在に委ねることができず、自分の力で人生を何とかしようとして、苦しみ続けていました。

私はそこで初めて、自分が「神様を愛していない」だけでなく、

「神様の愛や力を信じていない」

という不信仰の罪まで犯していたことを悟りました。

さらに私は、自分の人生そのものを、自分の所有物のように扱っていたことにも気づかされました。

私たち人間は天地万物と同じく、神様が造ってくださった被造物です。

つまり、本来すべては神様のものです。

それなのに私は、自分自身を人生の主人にして生きていたのです。

このことに気づいたとき、私は深い衝撃を受けました。

そして、不安や苦しみに襲われるたびに、

「自己中心の罪をなくしてください」

と神様に祈り求めるようになりました。

すると不思議なことに、あれほど消えなかった不安が、少しずつ薄れていったのです。

環境が急に変わったわけではありません。

問題がすべて解決したわけでもありません。

しかし、自分の心が変わることで、「問題」だと思っていたものが、問題でなくなっていきました。

私はずっと、「相手や環境が変われば楽になる」と思っていました。

けれど実際には、自分の心が変わることで、世界の見え方そのものが変わっていったのです。

これはまさに、「目から鱗」の体験でした。

聖書の『ヨハネの手紙』には、

「愛には恐れがない」

と書かれています。

以前の私は、この言葉の意味がまったく分かりませんでした。

しかし、その意味もRAPTブログの御言葉によって解き明かされました。

愛のある人は、自分に何があっても構わないと思っている。ただ神と人のために生きているので、失うものが何もない。しかし、愛のない者は、常に自分さえ良ければいいと思っているので、自分の持っているものを失うことを極度に恐れる。

私はこの御言葉を悟れたとき、

「だから私は恐れていたのか」

と深く納得しました。

自分を守ることばかり考えていたから、不安が消えなかったのです。

逆に、神様と人のために生きようとするとき、不思議と心に平安が与えられていきました。

罪という重荷から解放されたとき、心も人生も軽くなっていく気がしました。

もちろん、いったん理解したからといって、いつでも実践できるわけではありません。

長年染みついた自己中心的な考え方を変えるには、時間も訓練も必要だと思います。

それでも、正しい答えを知ることができたことは、私にとって大きな希望です。

そして何より、神様に祈り求めることで、「変われない」と思っていた自分の内面が、実際に少しずつ変わり始めていることに、今も驚きと喜びを感じています。

かつての私は、不安や苦しみは一生なくならないものだと思っていました。

しかし今は、神様の御言葉によって、人は本当に変わることができるのだと実感しています。

私にこのような希望と生きる喜びを教えてくださったRAPTブログが、これからもっと多くの人に知られ、一人でも多くの人が救われることを心から願っています。

RAPT有料記事448(2020年3月2日)主は私たちがすべてを失っても主を愛するかどうかを見ておられる。そして、全てを失っても主を愛する人だけを、真に主を愛する人だと認めて、倍の祝福をお与えになる。

RAPT有料記事547(2021年3月29日)天では最も仕える者が最も偉いと主は仰った。そして、そのような愛で互いに愛し合ってこそ、サタンの付け入る隙を作らず、サタンに勝利することができる。

RAPT有料記事963(2025年9月29日)悩みと自己中心は表裏一体だ。自己中心だから悩みも増え、悩むから余計に自己中心になっていく。

-証言:RAPTさんの「有料記事」の紹介

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

この世の末期状態を心から憂いている皆さまに是非知ってもらいたいこと

はじめに:混乱が続く世界情勢/感謝が絶えない私の日常 世界は混乱と矛盾に満ちています。特に、この数年はコロナや予防接種・紛争テロ等々について目も当てられない偏向報道と愚策が続く毎日です。この閉塞感に堪 …

花鳥風月が美しいのは何故か

皆さんは、花や木々や鳥、あるいは空や星などの自然、いわゆる花鳥風月を見て、美しいなあと感じることはありますか? 最近私は、「花ってこんなに美しかったのかあ」としみじみと眺めることが多くなりました。 た …

知識と体験をとおして知った神様という存在

人間は最も知らなければいけないことを今まで知れなかった 「自分は何のために生まれてきたのか」 「死んだあとは何になるのか」 子供のころ漠然と抱いていたこの大いなる疑問。 誰一人として釈然と答えられない …

年末年始を一人で過ごしても、寂しくなくなった理由

年末年始になると、毎年、家内は実家へ帰省します。 そのため、私は十日ほど、ひとり家で過ごすことになります。 けれど私は、その時間を寂しいとは感じません。 むしろ、静かに過ごせるその期間を、毎年楽しみに …

不条理な世の中で神様に頼って生きられる幸せ

RAPTブログの「御言葉」に出会って、神様に頼るという生き方を知り、私は心の平安を手に入れました。 それ以前は、この不条理な世の中で心が不安定になることも度々でした。 例えば、薬害や公害で苦しんでいる …