
RAPTブログに出会い、私は、神様が想像を超えるほど深い愛をもって人類一人ひとりを包み、実際に愛してくださっている存在であることを知りました。
このことを知ったとき、私は「やはりそうだったのか」と、どこか霧が晴れるような、腑に落ちる感覚を覚えました。同時に、とても嬉しく感じました。ただ、最初からその愛をはっきり実感できたわけではありません。
RAPTブログに掲載されている御言葉(神様からの啓示)に従いながら、祈り、自分の過ちを悔い改め、聖書を学ぶ生活を続けていく中で、少しずつ変化が起こり始めました。年数を重ねるにつれて、神様が生きておられ、確かに私を愛してくださっていると感じられる出来事を、徐々に体験するようになったのです。
振り返れば、最初の頃から小さな変化はすでに現れていました。
特に大きかったのは、人からの評価に対する向き合い方です。
以前の私は、仕事や日常生活で低い評価を受けると、必要以上に落ち込んでいました。あるいは、傷つくことを恐れるあまり強がってしまい、相手の意見を受け入れられず、心を閉ざすこともありました。
しかし、神様が無条件で愛してくださっていることを信じられるようになると、心の在り方が変わりました。
人の評価に一喜一憂するのではなく、「神様の前に立つ自分はどうか」という視点で、自分自身を見つめ直せるようになったのです。
その結果、事実を事実として受け止め、必要以上に落ち込まず、前向きに改善へと向かう心の切り替えができるようになりました。神様という絶対的な愛の存在を知ったことで、人間の評価を相対的に捉えられるようになったのだと思います。長い目で見れば、この姿勢こそが、人としての成長や真の幸福につながっていくと感じています。
そもそも、人間の評価基準は人それぞれで、不安定なものです。
このことに気づいたとき、私は、嫌われることを恐れて誰にでも良い顔をしようとする、いわゆる八方美人の生き方をしていた自分に気づかされました。そのような生き方では、心が疲れ切ってしまうのも無理はありません。
一方で、神様が愛される人の基準は、時代や立場によって変わることがありません。
古代から今に至るまで、そして未来においても変わらない神様の御心を、この時代にRAPTブログを通して御言葉として教えていただいていることを、私は大きな恵みだと感じています。
神様が人類を深く愛してくださっているという真実は、長い歴史の中で覆い隠されてきました。それが人類の悲しい歴史でした。この闇のような洗脳から、人類を救い出してくださったのがイエス様であり、さらに聖書の歴史を締めくくる使命者として、RAPT氏が立てられたのだと、御言葉を通して悟ることができました。
天地万物を治める神様の愛は、計り知れず、無限であると御言葉は教えてくださっています。
私自身も、信仰を続ける中で、年月を重ねるごとに、その愛の大きさを実感する出来事が増えてきました。だからこそ、この御言葉は真実であると、心から信じています。
神様の愛をもっと知りたい。
その思いが、今の私の生きる原動力となっています。
どうか多くの方がこの御言葉に出会い、神様の愛を知り、喜びと感謝の中で生きられるよう、心からお祈りしています。
RAPT有料記事941(2025年7月5日)心を清めて肉性を完全になくしてこそ、毎日24時間、神様の愛を感じて生きられるし、神様の愛を感じてこそ、私たちも心から神様を愛して生きることができる。