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【兄弟姉妹への証Ⅰ】飾らず等身大の自分で進む

投稿日:2020-01-05 更新日:

兄弟姉妹の方々へ

この年末から年始にかけて深く祈れない気がしたので、どこに罪があるのか求めていたところ、気付かせていただいたことがあるので証します。

1.全てご存じだから等身大の自分で進む

先日自分に偽善の罪があったことに気がつきました。

最近、兄弟姉妹の発信を見るときに劣等感を抱いてしまうことがありました。また逆に、これは工作員かよほど悟っていないかだと思ったことも稀にありました。そうして見るうちに、いつの間にか自分と他者を比較し、人の目を意識し始めていることに気が付きました。

神様は心の中も普段の生活も貫き通すようにご覧になっていてご存じな筈なのに、人からどう思われるかを気にするということは、偽善の罪や虚飾の罪に陥ると同時に御力を侮ることをしてました。

全能の神が行った分に応じて公平に報いと裁きを与えるのだから、人からどう思われるかは関係なく、たとえまだ実力が無くても、とにかく御言葉どおり指示どおりに等身大の自分で進まないといけないと悔い改めました。

このことに気が付いたとき、最近のもやもやに答えをいただいた気がしたので、正月のターミナル駅の雑踏の中でひとり嬉しくて涙をこらえる自分がいました。

2.後にいる者が先になり先にいる者が後になる

人それぞれに神様が定める時が違うということでした。だから、今どれだけ悟っていようが他の人と比べて一喜一憂することには改めて意味がないと悟りました。自分が過去の自分と比べて、どれだけ次元を上げてるかということだけを意識するようにします。

今この終わりときが最も重要なのは間違いないですが、人間が肉体を脱ぎ捨てて霊界に行くときにどこまで完全に近づき何を成したか、という観点もあります。だからパウロが書いている「自分に定められた競争を走り抜こう」という言葉は、「終わりのときにサタンを完全に滅ぼす最後まで走り抜こう」と同時に「肉体を脱ぎ捨てる最後まで走り抜こう」という意味にも捉えました。

一人一人が悟りを爆発させるタイミングは神しか定められないと思いました。

もちろん、大きく救いの働きを成せるようになる分、一刻も早く悟るに越したことは無いのですが、きっと人それぞれ期待されている役割も少しづつ異なるし、足りなさを痛感して求めることでそれぞれが急成長するタイミングも違うのではないかと思いました。

少しでも何か皆さまの参考になれば幸いです。

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