
年末年始になると、毎年、家内は実家へ帰省します。
そのため、私は十日ほど、一人、家で過ごすことになります。
多くの人にとっては、少し寂しく感じる状況かもしれません。
けれども、私はこの時間を、実は楽しみにしています。誰にも気を使わず、静かに過ごせるからです。
先日、そのことを母に話したところ、「それは寂しいでしょう」と言われました。そして、妹家族や両親と集まる年始の集まりに来てはどうかと誘われたのです。
そのとき、私は少し驚きました。
一人で年末年始を過ごすことは、一般的には「寂しいこと」なのだ、という感覚を、自分がいつの間にか忘れていたことに気づいたからです。
思い返してみると、若い頃の私は、まさにその通りでした。
独身だった頃、クリスマスや年末年始を一人で過ごすと、強い孤独感を覚えたものです。夜道を歩きながら、明かりの灯った家々を見て、「自分だけが取り残されている」と感じた記憶は、今でもはっきり残っています。
当時は、その寂しさを埋めたくて、無理に人と会ったり、賑やかな場所に出かけたりしていました。けれど、心の奥が満たされることはなく、今思えば、ただ時間をやり過ごしていただけだったように思います。
そんな私が変わったきっかけが、RAPTブログとの出会いでした。
詳しいことはさておき、そこで語られている「神様」という存在について考えるようになり、少しずつ、自分の内面に変化が起きていきました。
いつの頃からか、一人でいる時間に、あの頃のような寂しさを感じなくなっていたのです。
静かな時間の中で、自分は決して孤立しているわけではない、という不思議な安心感を覚えるようになりました。
それは、「いつでも心を向ければ、支えてくれる存在がある」と感じられるようになったからかもしれません。誰かと一緒にいなくても、心が満たされる感覚がある――そんな状態を、初めて知りました。
人は、「誰かに必要とされたい」「一人では不安だ」という思いから、無理に人間関係を求めてしまうことがあります。かつての私も、そうでした。
けれど、自分の存在をそのまま受け止めてくれるものがあると感じられるようになると、不思議と、焦りや孤独感は薄れていきました。
RAPTブログを通して私が学んだのは、
「人は、愛されていると実感できたとき、初めて心から安らげる」という、とてもシンプルなことでした。
そして、「神様が私を愛してくださっている」と感じられるから、心の安らぎを得ました。
ただ、「そう感じて生きている人間がいる」という、一つの体験談として、受け取ってもらえたらと思います。
かつて、寂しさを埋めるために必死だった私が、
今では一人の時間を穏やかに過ごせるようになった――
その変化の背景に、RAPTブログとの出会いがあったことを、ここに記しておきたいと思います。