
人は時に、失いそうなものに心を奪われ、本当に大切なものが見えなくなることがあります。
私自身、事業の失敗による損失を長く引きずっていた時期がありました。
「あのとき、こうしていれば……」
そんな後悔ばかりを、何度も頭の中で繰り返していたのです。
そんなある日、幼い頃の忘れていた記憶が突然よみがえりました。
そして私は、その記憶を通して、大切なことを気づかせていただいたのです。
幼い頃、私はコーラなどの甘い炭酸飲料が大好きでした。
でも、親は滅多に買ってくれませんでした。
当時は不満だったけど、大人になった今では、その理由がよく分かります。
健康を気遣ってくれていたのです。
そんな幼い頃の、ある夏の日のことです。
私は、冷えた缶コーラを小さな両手で大事そうに抱えながら歩いていました。
普段なかなか飲めないコーラが嬉しくて、きっと浮かれていたのでしょう。
そのとき、小石につまずきました。
体が前のめりに倒れていくのが、まるでスローモーションのように感じられました。
その瞬間、幼い私は必死でした。
「コーラをこぼしたくない」
その一心で、赤い缶を水平に保とうとしたのです。
しかし、その代わりに受け身を取ることができず、私は顔からアスファルトにぶつかってしまいました。
すると後ろから、親の大きな声が飛んできました。
「コーラなんてどうでもいいから、手をついて顔を守りなさい!」
今振り返ると、本当にその通りです。
当時の私は、何を優先すべきか分かっていませんでした。
でもそれは、子どもの頃の私だけではなく、大人になった今の自分にも当てはまることなのかもしれません。
私は、この記憶を何十年もの間、一度も思い出したことがありませんでした。
それなのに、なぜ今になって突然こんな場面が鮮明によみがえったのだろう。
そう考えたとき、ひとつだけ思い当たることがありました。
その頃の私は、事業での失敗による損失を、いつまでも引きずっていたのです。
失ったお金のことばかり考え、後悔し、心を縛られていました。
まるで、幼い頃の私が「コーラ」を必死に守ろうとしていたように。
人は時に、失いそうなものを握りしめるあまり、本当に大切なものを見失ってしまいます。
そして、すでに与えられている大きなものに感謝もしません。
しかし神様は、忘れていた記憶を通して、私にそれを気づかせてくださいました。
RAPT有料記事380(2019年6月8日)主から与えられたものに心から感謝し、全人生をかけて恩返しする者となりなさい。
そのとき私は、
「そんなことをいつまでも考えるより、神である私を知ったことを喜び、前を向きなさい」
そう語りかけられているように感じました。
大人の視点で考えれば、コーラの価値など、健康な身体とは比べものになりません。
それと同じように、神様の視点で見れば、お金の価値など、神様からいただいている恵みとは比べものにならない。
そのことを、私は瞬間的に悟ったのです。
すると、不思議なほど感謝が湧き上がってきました。
それまで重くのしかかっていた損失の苦しみが、消えてなくなるほどでした。
いつも御言葉を通して真理と愛を教えてくださり、時にはこのような形で気づきを与えてくださる神様の深い愛に、私は胸が熱くなりました。
この出来事以来、忘れていた記憶がふとよみがえり、そこから気づきを与えられることが何度もありました。
そのたびに私は、人生を導いてくださる神様の存在を感じます。
そして、その生き方を教えてくださっているRAPTブログに、感謝の気持ちが溢れてやみません。
どうか一人でも多くの方がRAPTブログに出会い、神様の愛と真理を知ることができますよう、お祈りしています。
RAPT有料記事387(2019年7月6日)主はどんな方法を使ってでも、愛する人にご自身の一瞬一瞬の思いや考えを伝えようとなさる。
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