
神様から与えていただいたものを受け取って生きる。
私は今、この生き方こそ人間にとって最も幸せな生き方だと感じています。
神様を信じるようになってから、私の生活にはさまざまな変化がありました。その一つが、日記をつけるようになったことです。
私は趣味でテニスをしていますが、日記を振り返るうちに、あることに気づきました。
「そういえば、毎回のように天気に恵まれている。」
事前には悪天候の予報が出ていても、不思議なほど当日は良い方向へ変わるのです。
晴れることも多いのですが、それだけではありません。暑すぎる日は曇りになり、寒すぎる日は風がやみます。
また、雨で中止になった日も、後から振り返ると、そのほうが良かったと分かることが何度もありました。必ず別の大切な用事ができたり、優先すべきことが見つかったりして、「今日はテニスをしなくて良かった」と思わされるのです。
あるときは、参加人数が多く、一人当たりのプレー時間が少なくなりそうだと心配していました。当日は天候が不安定でしたが、開始直前に天気が回復したことで遠方の参加者が来られなくなり、結果として少人数で思う存分プレーを楽しむことができました。
そのとき私は、
「神様は、自分の想像をはるかに超える形で最善へ導いてくださるのだ」
と強く感じました。
このような経験は、テニスだけではありません。
旅行でも同じでした。台風シーズンの八泊九日の旅行では、全行程を通して天候に恵まれました。一度だけ雷雨に遭いましたが、ちょうどホテルに到着した直後に激しく降り始め、出発するときには晴れていました。
また、混雑を心配していた場所では、直前まで雨予報だったために人出が少なくなり、快適に過ごせたこともありました。
こうした経験を重ねるうちに、私は天気だけでなく、人生のさまざまなことを神様に委ねるようになりました。
そしてある日、いつものようにテニス日和を感謝していたとき、ふと思いました。
「なぜ神様は、いつもこんなにも良くしてくださるのだろう。」
そのとき御言葉を読み返していて、特に心に留まった言葉がありました。
「この世から何かを得ようとする生き方ではなく、神から全てを得ようと考えて生きなさい。」
「あなたにどんな罪があろうとも、あなたが神を愛し、神の御心を成し、神に祈り求めるなら、私はあなたに必要な全てのものを与える。」
その瞬間、目から鱗が落ちる思いでした。
私はそれまで、「天気に恵まれている」と考えていました。
しかし本当に大切なのは、晴れか雨かではありませんでした。
神様から与えられた天気が、私にとって最善の天気だったのです。
だから、晴れの日はもちろん、雨の日でさえ感謝できるようになりました。
振り返ってみると、それは仕事も同じでした。
私は信仰を持ってから仕事を変えましたが、以前と比べて経済的にも時間的にも大きく恵まれるようになりました。
神様は天気や仕事を通して、「自分で無理に得ようとするのではなく、必要なものは神から与えられるのだ」ということを教えてくださっていたのだと思います。
だから私はこれからも、自分の力だけで何かをつかみ取ろうとするのではなく、神様に祈り求めながら歩んでいきたいと思います。
私のことを私以上によく知り、最善へ導いてくださる神様に、心から感謝いたします。
RAPT有料記事787(2023年11月4日)御言葉に従う人は、どんな問題もすぐに解決し、必要なものや求めているものが全て与えられ、常に不足することなく心満たされて生きられる。