
以前、痛ましいニュースを目にするたびに、
居た堪れない気持ちになりました。
あまりにも不条理な出来事に胸が苦しくなり、
「なぜこんなことが起こるのだろう」
と考えずにはいられませんでした。
悲しみを抱えたまま神様に祈っていると、
ふと、以前読んだ御言葉を思い出しました。
「あなたたちが祈らざるを得ないように、全てのことを取り計らっている。」
その御言葉が心に浮かび、
私は、悪や不条理が少しでもなくなるようにと、
ただひたすら祈りました。
目を閉じて祈り続けているうちに、
不思議なことに、張りつめていた心が少しずつ和らいでいきました。
そして温かい愛に包まれるような感覚とともに、
静かな平安が心に広がってきたのです。
神様が私の願いを聞いてくださっている――
そんな希望が心の奥から湧いてきました。
このような経験は一度だけではありません。
苦しいときやどうしようもない悲しみに直面したとき、
神様に真剣に祈ることで、何度も心が支えられてきました。
今もなお、世の中には、悲しみや不条理が溢れています。
もし私が神様を知らず、祈ることも知らなかったなら、
その現実に心を押し潰されていたかもしれません。
しかし祈りを通して、神様は騒ぎ立つ私の心を落ち着かせ、
希望を失わないよう導いてくださいました。
祈り終えた後、私はふと思いました。
今この瞬間も、苦しみや孤独の中にいる人がたくさんいることを――
もしそのような人たちが神様を知り、祈りを知ることができたなら、
どれほど大きな慰めと希望を受けられるだろうか、と。
だから、私は、この御言葉と神様の愛が一人でも多くの人に伝わることを願っています。
聖書には、使徒パウロが迫害を受け、囚われの身となったことが記されています。
しかしそのような逆境の中でも、パウロは兄弟姉妹を励まし、福音を伝え続けました。
その姿を見ると、パウロは祈りを通して神様から豊かな力と恵みを受け、
言葉では言い尽くせない愛と希望に支えられていたのだと感じます。
私もまた、どのような状況の中にあっても神様とつながり続け、
パウロのように愛と希望を失わない人でありたいと、切に願っています。
RAPT有料記事685(2022年9月26日)私たち人間は神に象って創られたから、私たち人間にとって、神のようになることが真の人生のゴールだ。