
私は、神様から愛されたいと思っていました。
今でも、そう願っています。
けれど、あるとき胸に手を当てて自分自身に問いかけました。
「私は、神様から愛されたいと思っている。でも、私は神様を愛しているのだろうか」
その問いに、私は答えられませんでした。
私は、神様から与えていただくことばかりを考えていました。
これまで何度も祈りを叶えてくださり、
たくさんのことを悟らせてくださった神様から、
もう二度と離れたくない。
そう思うほど、神様に愛されることを願っていました。
そして、いつの間にか、それらを当たり前のように受け取って、
感謝することさえ忘れ、
自分にできることもしないまま、安穏と生きていたのです。
私は、ふと思い出した出来事がありました。
まだ今より若かった頃、
結婚相談所に入会したときのことです。
相談所から、年収を登録するよう強く勧められました。
「年収が高いので、登録しておいたほうがいいですよ。そのほうが、条件の合う方とマッチングしやすいですから」
もちろん、結婚する以上、経済的な条件を考えること自体は悪いことではありません。
けれど、私はなぜか、その言葉に引っかかりました。
「最初からお金というフィルターを通して相手を見ることを、本当に愛と呼べるのだろうか」
そんな疑問が心に浮かんだのです。
ところが後になって、私は気づきました。
「私は神様に対して、まったく同じことをしているのではないか」
神様から祝福されたい。
願いを叶えてほしい。
そんな「見返り」を期待して、神様を求めていた自分。
結婚相手には「自分を幸せにしてくれる人」を求めながら、
自分が相手を幸せにすることを考えていなかったのと同じように、
私は神様から愛されることばかり願い、
自分から神様を愛そうとしていなかったのです。
そのことに気づいたとき、初めて私は、
神様の立場に立って考えてみました。
「私だったら、どうだろう。」
何かを与えてもらえると分かったら近づいてきて、
何も与えてもらえなければ離れていく人を、
私はどう思うだろう。
「私は、神様に対して、まさにそうしていたのではないか」
そう考えたとき、胸が痛くなりました。
利己心に気づいたあとの私には、一つの思いが生まれていました。
「たとえ何も与えていただかなくても、それでも私は神様についていきたい」
何かをいただくから愛するのではなく、
何もいただかないときも愛するようになりたい。
私が求めていたのは、そういう愛だったのかもしれません。
そう心に決めたときから、私の信仰が少しずつ変わり始めました。
自分にできることは、本当に小さい。
それでも、今できることを何かしよう。
こうして自分の信仰の経緯を証として残すことも、その一つかもしれない。
そして、いつかもっと大きなことができる人になれるよう、自分自身を成長させていこう。
神様が何を思っていらっしゃるのか、もっと知りたい。
そのように、心から祈るようになりました。
すると、神様はその願いにも応えてくださいました。
少しずつ、曇っていた心の目を開いてくださったのです。
そして私は、
今まで自分がどれほど多くのものを神様からいただいていたのかさえ、
分かっていなかったことに気づきました。
神様は、人類からずっと無視され、
何の見返りも受け取れない中でも、
人類を様々な形で祝福し、
愛してくださっていたのです。
幾つもの御言葉が、以前よりもさらに心に響くようになりました。
私は「神様から愛されたい」と願っていました。
けれど、本当は――
そのずっと前から、神様のほうが私たちを愛し続けてくださっていたのです。
祈りや日々の出来事を通して、
そのことを少しずつ悟らせていただくたびに、
私は、さらに大きな神様の愛を感じられるようになりました。
一生かかっても返しきれないほどのものを、
神様はすでに与えてくださっていました。
私にできるお返しは、小さく、ほんのわずかです。
それでも、「神様のために何かしたい」と真剣に行うならば、
神様は受け取ってくださる。
愛する人になれるよう、私を導いてくださっている神様。
その神様からいただいた愛を、いつか必ずお返しできる人になりたい。
その願いを胸に、今日できることを一つずつ積み重ねていきたいと思います。
そしていつの日か、
もっと未来にも形に残るようなお返しを成し遂げたい。
その日を夢見ながら、今日も導いてくださる神様に、心から感謝します。
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